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杜国は通称を坪井庄兵衛(つぼいしょうべい)と言い、名古屋の御園町で壺屋(つぼや)という
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米穀商を手広く営む傍ら、町総代をも勤める豪商であった。貞享元年(1684)芭蕉の「野ざら
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| し紀行」の帰途、名古屋で作られた連句集「冬の日五歌仙」作者の一人として加わった杜国 |
| は、尾張俳諧の重鎮としてその名を馳せていたが、貞享2年ご法度(はっと)とされていた米 |
| 延商(こめのべあきない)(空米売買(からまいばいばい))の科により、家財没収のうえ所払 |
| (ところばらい)いとなつてこの地、畠村(はたけむらに移り住み、程なく保美(ほび)の里に |
| 隠棲(いんせい)することになった。 ■駐車場 なし |